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会長の部屋

随想録

2018年02月23日

海外生活の思い出(パキスタン編ーその2)

日本からの飛行ルートはUAEとあまり変わらず、カラチ国際空港で当地に降り立つことになる。カラチで一泊して、翌日プラント建設現場のあるデラ・ガジ・カーン(DGK)に向け出発することになる。DGKはパキスタンのほぼ中央に位置する未開の地。そこで、ムルタンという地方空港のある田舎町までプロペラ機で飛び、そこから西に向けて車で走ること5時間くらいでやっとプラント現場に到着できる。

ムルタンまでのプロペラ機だが、一見して「見たことがある!」と思える機体であった。なんと、戦後日本で作られたYS-11型機であった。日本国内で使われた後、中古機として転売されたものが、パキスタンで使われていたのだ。この機体は、なぜか安心感があった。日本製だからというのもあったかも知れないが、プロペラ機であるという安心感。ジェット機と違って、エンジンが止まっても、そのままある程度滑空できるという安心感(期待)を、技術者の私は勝手に思い描いた。座席に座り、貼ってあるシールをちょっと剥がしてみると、日本語の表示が出てきた。異国の地で母語を見ると、ちょっとうれしくなるものですね。ホッコリしました。

ムルタンの空港から西へ車で移動。無舗装の道を延々と走る。途中、大河を渡るのだが、これがなんとインダス川。教科書で習った川が目の前にあるという、これもちょっとした感動であった。通過場所が中流付近だったので、川幅はそんなに広くなく、感覚的には宇部市にある厚東川下流域くらいの感じ。ここでも面白い経験をした。橋がまだ建設中で通行できなかったため、インダス川を渡る方法がユニークであった。浮桟橋のような構造で、大きな樽をたくさん並べ、その上に木の板を敷き詰めて車がやっと通れるくらいの仮設の橋が作ってあった。その場所に来ると、人は車から降り、徒歩で渡る。その後に、車はできるだけ軽くしてゆっくりと渡ってくる。のどかではあるがちょっとした怖さもあった。

いよいよ、建設現場に近づいてくる。 (続く)

2018年2月23日 有田信二郎