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会長の部屋

随想録

2018年06月18日

海外生活の思い出(タイ編-その1)

1980年中頃から1990年前半頃まで、タイには入出国を繰り返した。最初の頃は短期出張ベースがほとんどであったが、平成元年頃からは現地赴任で長期滞在が主になった。場所は、マレー半島の中程にあるツンソンという田舎町。半島西側には観光で有名なプーケットが位置している。ツンソンは、バンコックから南に位置するスラタニという町まで飛行機で行き、さらに約100㎞車で南下した所だ。赤道に近い場所なのでさぞかし暑いのだろうと想像されるだろうが、決してそんなことはなく、とても過ごしやすい所だった。ジャングルというと大袈裟だが、自然に囲まれ、果物が豊富にあり、しかも寒さがない。私にとってはある意味で快適な場所であった。果物の本当の美味しさを知ったのもこの地である。食卓に出される果物は、すべて取れたてのもの。こんなに美味しいのかとちょっとびっくりもした。その中でも果物のクイーンであるマンゴスティンは大の好物となった。握りこぶしより少し小さめの大きさで黒っぽい色だが、中を開くと真っ白な実が現れる。甘酸っぱいその味は、正にクイーンにふさわしいと思った。一方で、キングと云われるドリアンは苦手であった。知っている人も多いと思うが、においがとても強く、私はとてもなじめるものではなかった。一緒に生活していた日本人の半分は「苦手」と分類でき、残り半分が「好物」という状態。ある時、食堂に入るとドリアンの強い匂いがしていた。日本人の仲間が持ち込んで食べようとしていたのだ。当時、私はサイトマネージャーとして現場責任者をしていたので、その特権を活用して、「食堂へのドリアン持込禁止令」を発動した。ドリアンはその強い匂いゆえに、ホテルも持ち込み禁止が多いと聞いている。

ここでの生活は、お客であるサイアムセメント(国内最大のセメント会社)がゲストハウスを提供してくれ、食事の手配や掃除洗濯一切の面倒を見ていただいた。休日には、近くのゴルフコース(軍隊所有)に出かけたり、車で10分程度のところにある町に出かけたりと、結構楽しめた。・・・続く

有田 信二郎

うべっぽ