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会長の部屋

随想録

2018年05月11日

海外生活の思い出(パキスタン編-その5)

ともあれ、建設はそれなりに進んでいたある日、お客のトップ(Managing Director)から「Mr,有田、一緒に来てくれ」と。彼のオフロード車に乗り込み、道すがら話を聞くと、ベドウィンの人達が石灰石鉱山近くで騒いでいるとのこと。鉱山はまだ開発中で、石灰石切出しの形を整えるために発破作業中の段階である。その発破作業が災いして、地下水脈に影響が出たのだろう、ベドウィンの人達にとって命と同じくらい大事な水が出なくなったのだ。現地について車から降りると直ぐに取り囲まれ、ライフル銃を突き付けられた。一瞬、恐怖を感じたが、MDと一緒に根気よく話し合いを続け、プラントサイトから給水車で毎日水を運ぶことと、確か城壁の外側に水飲み場を設けることで話を付けた記憶がある。

ただ、これで一件落着とはならず、鉱山からプラントサイトへの石灰石輸送用長距離コンベア(6.3km)の建設指導に行っていた当社スタッフがあるとき帰って来て「銃を撃ってくる。怖い!」と報告。ベドウィンにとっては、腹いせだったのかもしれない。このままでは、工事は進まないので、パキスタン軍兵士をコンベア沿線に配置してもらい、その警護の下で仕事を進めた。日本では考えられないようなことが大陸では起きる。

もう一つ、ちょっとおもしろい話をしよう。車の免許取得だ。当時、自動二輪の免許が欲しいと思っており、聞きかじった話から、パキスタンで車の免許を取得すれば、国際免許として日本帰国後にバイクの免許に切り替えられるのでは?との馬鹿な話である。近くにある町に出かけ、警察署でパキスタンの免許証が欲しいと告げると、直ぐに試験となった。絵を見せられ「これは何か?」→「踏切です」、「ではこれは?」→「止まれです」というような、見てわかる標識のテストのみ。正解したので、晴れて免許証の交付を受けた。あっけない感じではあるが、紛れもないパキスタンの免許証。帰国後、交通警察署に行き、自動二輪への切り替えを話してみると、「だめです」の一言。大きな勘違いであり、笑い話にネタになる実話です。(続く)

有田信二郎